クラスだより (52号:2006年12月発行より)
【1年生】
11月11日は聖マーティンの日です。この時期には、昼間の太陽の力が少しずつ弱まり、夜の力がだんだんと強くなってきます。そんな夜の力に負けないように、私たちも心の中に光を持ち、これから来る長く暗い冬を乗り越えるための力に変えていかねばなりません。
この聖マーティンという人は、凍えるような寒い夜に自分の着ていた衣をふたつに切り分けてその半分を道端でふるえている貧しい男に分け与えたといわれています。そしてその暖かい心が男の身体と心を暖めたのです。そんな風に人に自分のものを'分ける'ということ、そして暗闇の中を小さな明かりを頼りに歩いていくということを体験して欲しいという思いで、この聖マーティンの日にランタンウォークをすることにしました。
この一週間は毎朝、ランタンの歌を歌い、リズムの時間には聖マーティンのリングタイムをしました。そしてランタン作りです。まずは水彩でベースとなる部分を作り、それを組み立てて六角形のランタンを作りました。そして、表面に油を塗り、手に下げるための棒を探しに出かけたりしながら、土曜日のランタンウォーク当日を迎えました。そして当日にはメインの時間を使ってパンとスープを作り、夕方のランタンウォークに備えました。
残念ながらお天気には恵まれませんでしたが、外に歩きに行く代わりに、校舎の中を真っ暗にしてランタンを下げ、歌を歌いながら歩き回りました。最後に保護者の方々や兄弟姉妹の待っているホールに入り、ろうそくとランタンだけという幻想的な雰囲気の中、パンとスープを皆で分けました。子どもたちにとっては毎日通っている校舎ですが、暗闇のなかでは全く違った体験ができたようで、最後にはパンとスープで心も身体もあったまり、満足そうな顔で家路につきました。この体験が少しでも子どもたちの心に残り、暗い冬を乗り越えていく力になればいいなと切に願っています。
【2年生】
この秋の「楽しくおいしい思い出」のひとつは、収穫祭でした。「今年もあの小人さんの帽子をするんでしょ。こんな形の帽子の・・・」と昨年のことをしっかりと覚えていて楽しみにしていた子どもたち。この日は、全校を縦に12のグループに分け、それぞれの色のグループリーダーさんは、その色のフェルトの小人さんのとんがり帽子をかぶり、低学年の子たちは同色のフェルトの首飾りをつけて、みんなでさつま汁を作ります。
校庭にかまどを12個作り、その上にお鍋を仕込みます。野菜を切る教室とかまどの間を何度も行ったりきたりしながら、お野菜をグツグツ煮ていきます。昨年からはお野菜が煮えるのを待つ間に器楽クラブと教師たちのライブ音楽に合わせ、アイリッシュ・フォークダンスを踊っています。昨年一年生だった私たちは、見学をしました。ななめ前の人同志ですすみ出て挨拶したり、お向かいさんと手を取りステップしたり・・・という難しそうなダンスをあっけにとられてみていました。そして、たった一つ年上の2年生がその指示に従って動いて、踊りの輪に入っていることに、とてもびっくりしました。今年は、私たちも踊りの輪に入りました。
「エ~、そんなんでけへん。」最初のうちはしり込みしていたものの、高等部のお姉さんお兄さんのリードにのって、だんだん流れが飲み込めてきました。すると「おもしろい、おもしろい」という声があがりだし、ダンスが終わった時には、順番の来なかった最後の2組が泣き顔。ほかのクラスが帰っていく中を、音楽士さんたちに来てもらい、特別の延長ダンスをしました。踊れた!という喜びでいっぱいの2年生、男の子と女の子が照れて踊れなかった学年、とっても盛り上がった高等部。それぞれの学年で、それぞれのあり方があるもんだ!というのを見渡せるのもおもしろいものです。
そうこうしている間に出来上がったさつま汁は、大鍋で作り、皆で食べるからでしょう。いつも、とってもおいしいです。昨年は、普段小食の子が何杯も何杯もおかわりをして、「自分のお腹さんとよーく相談してね」と、繰り返し言わなければならなかったのですが、今年はあとにデザートのフルーツポンチがくることもよくわかっていて、自分たちでちゃんと適量を考えて、食べていました。ただ、シートの上に座って汁物を食べるのは難しく、今年もまた、ひっくり返してしまった子がいましたが・・・。
収穫祭の後に、皆で持ち寄った秋の実りの果物と、子どもたち手作りのペーパーウェイトをかごに詰めたものを持って、近所のお世話になっている方々、地主さんや竹やぶの持ち主の方などへ、ご挨拶に伺いました。JR駅では、早速その日のうちから、書類の上にペーパーウェイトを載せてくれていた、と子どもたちが言っていましたし、同志社女子大の方からは、お礼と共に作り方を尋ねるFAXを頂きました。地域の方々に見守られ、ここに学校が存在できることに感謝を深める秋の一日でした。
【3年生】
自分の体を使って身の回りのものを測ることから始まった"長さをはかる"エポックは、次第にメートル法を用いての計測へと移行していきました。9歳になり、少しずつ自分と外界を対峙させ始める子どもたち。定規を手にし、ぴょんぴょん飛び跳ねながら、笛の長さ、教室、廊下、グランドと色々なものの長さを測っています。目の前にあるものと新しい形で出会い、外から見ている以上に、子どもたちの内側は、大きく動いていることでしょう。
エポック最終日、課題は「学校から、自分たち田んぼまで、どのくらいの距離があるだろう?」。50mや30mの巻尺を持って、みんなで出かけました。米作りでも散歩でも通学でも、何度となく、そして何気なく通ってきた道が、いつもと違った形で子どもたちの目の前にあらわれます。「300mくらいやと思うわ。」と予想をたてている子もいれば、早く結果が知りたいと全速力で走っていく子も。それぞれが張り切って作業を進めています。「あーっ、曲がってるやん!測りなおそうや。」「え?今何メートルまで測ったんやった?」「階段って、どうやって測ったらいいんやろう?」四苦八苦しながらも、約400mを笑顔で終了しました。と、「じゃあ、先生、今度1km測ろう。」ある子が一言。どこまでが1kmか、と予想しながら、ワクワクしながらの帰路となりました。
【4年生】 『地図を描く―郷土学のエポックで』
先週の月曜日、私の持ってきた学校の白地図に子どもたちは目を輝かせました。「早く配って。早く」私が何も説明する前からワクワク。「どこに何があるのか。部屋の配置はどうなっているのか。校内を歩き回って、地図に書いてみよう。合図とともに、豆鉄砲のように教室を飛び出す子。わかっているところは教室で描いてからと、じっくり構える子。混乱して戻ってくる子。友達と相談したりもしながら、まずは先生の力を借りずに自分で書き込んでみます。
次の日は、学校からJR同志社駅をへて近鉄興戸駅までの地図を描きます。「学校から、同志社大学へ続く大きな道に出ると、道の左に階段があります。それを登っていくとどこに着くでしょう。そこから続く道はどうつながっているでしょう。道の周りには何があるでしょう。」1班から6班まで4,5人ずつのグループに分かれ、グループごとに出発です。学校外で私から少しはなれて活動する初めての経験、ドキドキしているのは、子どもではなく私のようです。約束を確認していよいよ出発。ちゃきちゃきと出発し、駆けて移動する胆汁質グループ。粘液質4人が揃っているグループは、やっぱり出発からして最後。それでも、急ぐ様子もありません。『いったい、到着までにどれぐらいの時間差になるのだろう。』と思いましたが、ここは腹を据えてじっくり見守ろうと心に決めています。
細かく地図を描きたい凝り性の子は他のメンバーに「待って」を連発しながら、マンションの前の生垣まで記入しています。まだ地図の意味があまり分かっていないのか、自転車を描きこむ子もいました。JR同志社駅の歩道橋の上に座って田んぼのあぜ道や区分まで、一生懸命描いているたくさんの子どもたちの脇を通る大学生が「お、地図か。おれも、あれやったなー。」と懐かしそうな声。私も実は、小学校4年生のとき、グループで探検して地図を描いたことを『楽しかったなあ。』とおぼえている一人です。
【5年生】
5年生は11月10日に前夜祭、そして11日にオリンピックを行いました。前夜祭当日は食事も自分たちで作り、火起こしにも挑戦してみました。日々の家庭教育に感謝したくなるような、馴れた手つきで包丁を使いこなす子もいれば、「食べるところも残しておいてね」と言いたくなるような、はらはらさせられる包丁さばきの子もいます。とにかく自分たちでするのが基本、と内心では心配をしながらも教師が手出しすることはほとんどしませんでした。暗くなった学校の校庭で鬼ごっこをすることも刺激的な時間だったようで、夕食のカレーのにおいが漂う頃には、普段は外に出ようとしない子までキャーキャーと歓声をあげながら自由時間を満喫しました。
オリンピック当日、朝から水溜りをなくすためにスポンジと雑巾で、一生懸命グランド整備をしたにもかかわらず、開始10分前からまたもや恨めしい雨が。「私は雨女?それとも厄年のせい?」などど憂鬱気味に考えるも、子どもたちは「走るんだから(雨が)降ってた方がいいやろ」「やめるって言わんといてや」などと強気な発言を私に浴びせます。途中で切り上げ延期も考慮に入れながらのスタート。いったん始めると、彼らの一生懸命な横顔がそれは美しく、前夜祭での炎に照らされた彼らの凛とした姿とあいまって、ここまでたどってきた道のりと彼らの確かな成長を感じずにはいられませんでした。雨の降りしきる中、5年生はギリシアの美をそのまま体現したかのようなすらりと伸びた四肢と、まだ重くなる前のバランスの取れた身体で、オリンピックがまだ神にささげる儀式であった頃のように一つひとつの競技をやりとげたのでした。それはちょうど彼ら自身が唱えた誓いの言葉のように。
地上には多くの感動があり
その最たるものは人間である
その力にまさるものはない
【6年生】
収穫祭とバザーが終わり、秋から冬へと季節がめぐります。子どもたちの心も身体も日々大きくなりつつあり、少しずつ重さを感じる毎日です。幼かった彼、彼女たちも今や口癖は「めんどい!」(面倒くさい、という意味)。驚くような思春期振りを見せてくれています。
授業は10月にはローマのエポックに入り、象を連れてアルプスを越えたハンニバルとスキピオの戦いや、ユリウス・カエサルの生涯を学びました。エポックの最終日には「ルーブル美術館展」に出かけ、昨年学んだギリシアの美に再び出会いました。子どもたちは、均整のとれたギリシアの神々や、お話を聞いて想像していたソクラテスやアレクサンドロス大王の像に見入っていました。
秋休みを経て、11月に入ると物理の学びが始まりました。今まで当たり前に身の回りにあった事象を改めて学びます。6年生の物理は全て体験を通しての学びです。驚きと喜びに満ちて実験にのぞみ、新しい学びの段階に移行しています。暗い冬に向かう今、教室は暗室へと変わっています。クリスマスの光を待ち望む人間の精神をも体験する6年目の冬です。
【7年生】
二つの濡れ縁に挟まれた南北に長い教室の北側半分を空けて隅々まで埃をぬぐい、四枚の畳を鉤型に配して「茶席」をしつらえます。棚に布をかけて花をいけ、子どもたちの墨絵の作品を和紙に貼って「掛け物」とし、お香を焚いて子どもたちを迎えます。和服に改めた伊賀先生が登場して初めての茶道の授業が始まりました。
こんなにわか作りの教室茶席でも湯を注ぎ、茶せんを使う音が響くほどの静寂を子どもたちと味わうことができたのは驚きでした。親御さんの手作りの生菓子を頂いて、宇治のおいしいお抹茶を頂戴する頃には、緊張もほぐれ冗談も飛び出します。回を重ねるごとに、身体に染み込んでいってくれることを願っています。
日本のルネッサンス室町の学びのもう一つのハイライト、狂言の発表もいよいよ2週間後に迫り、茂山茂氏を迎えての講座を行いました。びんびんと響く声、無駄のない動き、野外での上演に耐えうる大げさな所作。長年「家」に受け継がれた古典芸能の何たるかを目の前にして、「すごい・・・。」と圧倒されていた七年生。どこまで彼らが自分を去って演じきれるか。これから2週間、自分と級友に役を通して向かい合う日々が始まります。
【8年生】
『8年生修学旅行 ~沖縄、7日間"暮らしの旅"~』
<別記事になっています。>
<高等部>
【9年生】
2学期、高等部3学年の合同ホームルームは、バザーの話し合いで始まりました。今まではクラス毎の参加でしたが、今回は3学年が縦割りでいくつかのお店を出店することになり、幾度かの話し合いを経て、ラーメン屋(店の前でのコーラスを含む)、飴屋、受付のお手伝い、そしてアトラクションの4つが決定しました。「低学年の子どもたちが楽しめるよう場を作りたい」というのが、アトラクションの出店理由なのですが、実はお化け屋敷みたいなもので自分たちも楽しみたいというもう一つの理由もあり、任せてみようと思いながらも、大人としては一抹の不安を胸に、生徒たちの話し合いを見ていました。
教室に迷路を作り、そこでスタンプラリーをしよう、そして景品も作ろう。全体像が決まってからは、迷路の設計図の検討、迷路のためのつい立作り、景品作り、と仕事は山ほどありました。枝を薄く切ったものに丹念にヤスリをかけ、下絵を描き、焦げペンで絵を描いていく景品を少なくとも200個作ると日々励みながら、さらに、スタンプラリーのスタンプ5個も手作り、スタンプを押す紙にも絵を描いて、看板も作り.・・・。何一つ手を抜くことをせず、バザー前日の迷路作りでは、暗幕だけでも5回張り直すほど。受付の場所を示す看板が足りないからと、バザー当日も早く来るという生徒を、せめて7時過ぎに来るようにと説得するのに一苦労でした。
当日は心配していた長蛇の列もできず、常に程よい人数が来て下さり、260個用意した景品も全て無くなりました。「あれだけがんばったから、心配した長蛇の列もできず、スムーズにできたんやなあ。」「○○ちゃんなんて、3回も来てくれたで。」片付けをしながらも、生徒同士いろいろなことを報告しあっていました。何よりも、来てくれた子どもたちが楽しんでくれたこと、それが生徒たちにとっての喜びになったようでした。
「お化け屋敷をしたい」と始まった今回の企画。実は最後まで、迷路のどこかにお化けが隠れていようということになっていました。けれども前日、他の高等部の生徒も呼んできて、迷路を試してもらう中で、やっぱりやめようと話し合っていました。
看板にはこびとの絵。迷路は森の中との設定でぼんやりとした照明の中鳥の声を模した笛を吹き、案内係はこびとの帽子をかぶる。低学年のためにと話し合った結果のようです。
バザーの片付けが全て終わった後、生徒たちはそれぞれのお店毎に、打ち上げに出かけていきました。バザー後の打ち上げも、初めてのことです。これもがんばった証なのだろうと、打ち上げに出かけていく生徒を見送りました。
【10・11年生】
夏休み明けのエポックで「三角関数」を学んだ10・11年生。続くエポックでその応用として「測量」を学びました。
「測量」エポックは、方位磁針と巻尺を利用して簡単に教室を測量することから始めました。ご覧になった方も多いかもしれませんが、10・11年生の教室は単純な四角形ではありません。生徒たちは2つのグループに分かれ、一言では言い表し難いあの教室の形をそれぞれが測量して図面上に描いたのですが、各々の描く教室の形は見事に一致…しませんでした!同じものを測量しているのですから、それぞれが精確な仕事をすれば、同じ図面が仕上がるはずです。測量の精度を上げるために何をすればよいのか、生徒たちで話し合いました。
別の場所を測ってしまうことがないように、測定するポイントを明確に決定すること。方位磁針を複数の生徒で読み取って、読み違いがないか確認し合うこと。長さを測るときに巻尺がたるんでいたり傾いたりしないように互いにチェックすること…等々。あえてまとめるとすれば、互いに協力し、自分たちの行動を緻密にコントロールすることと言えるかも知れません。そうしたアイディアを出し合い実行すると、それぞれが描く図面も互いのずれがかなり小さくなるということを体験することができました。
その後屋外に出て行った三角測量では秒単位まで角度を読み取れるトランシットを用い、データの計算には関数電卓を使うなど、道具はより高度なものになりますが、基本は同じ。現在継続中の「家作り」では、そうした経験を重ねた彼ら自身のアイディアと行動が、高等部生徒の集うスペースとして徐々に形になりつつあります。
【12・13年生】
紅葉の美しい季節となりました。校舎から見渡す同志社の街路樹も、紅く色づいています。
先日卒業プロジェクトの中間発表がありました。これは生徒たちが現段階で出来上がっている作品の紹介や、今の進行状況などを、教員とクラスの生徒たちに向かって説明するというものです。それぞれの発表や作品については7名の教員が点数で評価し、それぞれの優れている点、また頑張らねばならない点などについてコメントを加えました。
皆、自分の興味や関心に向かって誠実に取り組んでいます。遅々として進まないと感じている生徒、自分のテーマの輪郭は掴んでいてもその次になかなか向かえない生徒、自分の課題を明確に意識しそれを乗り越えようとしている生徒、などまだそれぞれが様々なステージにいて、もがいているのですが、皆がこのプロジェクトを大切なものと考え、一生懸命取り組んでいる、という点は同じ。大学の推薦入試などがあるこの時期、皆とても忙しいのですが、それでもこのプロジェクトを大切に思い、優先してそのための時間を割いていているのがとても印象深く、また嬉しく思いました。
「このプロジェクトを進める中で、私は自分の作品があまりに"自分らし"過ぎて嫌になってきた。自分らしさという地平を乗り越えて、その先へと突き進んで行きたい。自分自身の表現の壁、限界を突き破りたい」生徒の一人がこの中間発表で、そう語りました。すばらしい一言だと思いました。とてもいい作品を作っていてもそれに飽き足らず、新たなものに挑戦していく。この学校の生徒の"力強さ"を改めて感じた瞬間でした。
旅立ちのときを少しずつ意識しながら、一人ひとりが、そしてクラスがかけがえのない時をともに過ごしています。