NPO法人京田辺シュタイナー学校

スウェーデンでのユネスコスクール教職員交流プログラム報告


持続可能な社会の未来のために
〜ネットワーク 「はじめの小さな一歩」〜



NPO法人京田辺シュタイナー学校
専科教員   太田 和見

 8年間の担任を終えてひと息ついた2009年。夏のある日、同僚の一人が、ユネスコスクールの海外研修があると教えてくれた。行き先はスウェーデン。テーマは「スウェーデンにおける持続可能な発展のための教育(ESD)と特別支援教育の実践」。申請中の学校も含め日本各地のユネスコスクールの教職員を対象とする9日間のプログラム。突然の話ではあったが、海外での研修、それも北欧に行くなど、めったにないことだ。大変興味を持っているテーマでもある。有難いと思い、普段はなかなか上がらない重い腰をがんばって上げてみることにした。
 仕事に追われながらも何とか出発の日を迎える。今回は9名の参加者が集まる。大学、公立私立の中学高校、幼稚園など様々な所から集まった顔ぶれは多彩だ。自己紹介でそれぞれの学校の取り組みをお聞きする。緊張しつつ久しぶりの海外へ。長時間のフライトの末にようやく到着した北欧。あらゆる「物」のデザインの美しさに目を見張る。何気なく置いてある家具やインテリア、お店のディスプレイなど、とにかく全てがスタイリッシュだ。初日から目にするものの写真を次々と撮り続けることになる。英語ではない外国語は初体験。いよいよ研修が始まる。

スウェーデンの社会と教育

 今回の研修ではユネスコアジア文化センターの方々のご尽力により、様々な公的機関の訪問が実現した。公教育を統括する機関、ESDの実践への取り組みを奨励している機関やNGO、特別支援教育の政府機関など、たくさんの場所を訪れた。お会いする方は皆さん大変情熱的で、次々と飛び出す質問にも嫌な顔を見せず、丁寧に答えて下さった。

 まずはスウェーデンの教育制度と、教育の質の向上、教育を受ける機会均等など、政府、議会が決めた国のガイドラインや教育目標について聞いた。また人々の暮らしの実情の話はとても興味深かった。
 スウェーデンでは、高校卒業まで授業料から給食費に至るまで、教育にかかる費用はほぼ無料。保護者は自由に学校を選ぶ。例えて言えば、一人一人の子どもが 自分の「補助金」入りのバッグを持っているようなものだという。学校がそれぞれの子どもが持つお金を使う仕組みだ。だから学校は保護者に負担を要求しては ならない。もちろんその分、税金のために全般的に物価は高くなる。後日、高校生へのインタビューで聞いたところでは、現在のアルバイト代は将来の生活のために貯金しているとのこと。高等教育までは安心だが、卒業後は厳しい現実が待っているともいえるのかもしれない。
 ただし、お金以外の子どもを育てるうえでの必要な保障もしっかりしている。育児休暇制度が社会に浸透しているので、母親だけでなく父親も周囲に遠慮せず しっかりと休みを取ることができる。取得可能な日数は480日で、そのうちの390日は80%の賃金が保証されるという。「取れる休暇が消滅するだけでは もったいないので、たいていは取るでしょう」とのこと。「両親が二人とも働いている場合は、どちらが、いつ育休を取るか話し合うようです。」父親と母親が 仲良く分け合って取っても良いのだ。
 勤務時間や休憩時間、年間の休暇など、就業規則はきっちりと守られている。町の中の帰宅ラッシュが起こるのは日本に比べるとはるかに早い時間帯だ。冬が長いスウェーデンで、秋の穏やかな日差しを楽しむかのように、平日の夕方に公園でピクニックをする家族を見た。子どもたちと仕事を終えたお父さんが夕方一緒に散歩する光景も当たり前のようだった。ゆったりと過ぎていく日常。実際に訪問先では常にどこであっても、数時間が経過する度に必ず「ではここで休憩にしましょう」という言葉と共にお茶の時間になった。
 また教員の生活についてうらやましかったのは、在職中にきちんと研修を受けられることで、これも長期間であっても給与はある程度保障されるとのこと。教育の質の向上や改善のために必要な事がきちんと実現しているように感じた。

学校見学と特別支援教育

 小学校、高校など充実した教育現場の見学も続いた。どの学校でも皆、日本人に興味津津だ。日本といえば、イメージはアニメや漫画。小学校では子ども達が寄ってきて、「トトロを描いて!」と大騒ぎ。高校では思春期の生徒がはにかみながらも「コニーチワ(こんにちは)」と挨拶をしてくれる。ホームステイ先の高校生の男の子に聞かれた質問は、「『オタク』というのはポジティブな意味か、ネガティブな意味か」というものだった。

 小学校の先生には教育現場の現実の部分について話を聞いた。「低学年のうちにクラス内での子ども同士の良い関係を築くことが大切」という言葉が印象に残る。早い段階で良い集団を形成することに力を注いでいるそうだ。教員同士がチームで働いており、ひとつのクラスに複数のスタッフが継続して関わる。教員は基本的には互いにフラットな関係で、上下関係はあまりないとのこと。教員の精神的なサポート体制もある。
 小学校では特別支援教育について、事前に聞いていたことを目の当たりにした。スウェーデンでは近年「インクルージョン(包含、包括)」という言葉が一つの キーワードになっている。全ての子どもは等しく教育を受ける機会を持つという考えのもとに、様々な困難を抱える子どもも皆、同じ教室で学ぶことにしているという。そのために必要な機器や設備は学校側が用意しなければならない。見学した小学校でも、校舎内の至る所にエレベーターが、教室には視覚障害のある子どものためのモニターが設置されていた。

 高校では設備の素晴らしさに驚く。理科室などの特別教室も整っている。図書室マルメテラン高校の図書館は高い天井まで届く本棚が壁際にすえつけてあり、幾つかの部屋が続いたものになっていて落ち着いて勉強出来る空間だ。機器も充実していて、生徒達はそれぞれのパソコンを使って資料を作っていた。また電気科の広い教室には木の壁で囲まれた半畳ほどのブースが並び、中にひとりひとりの生徒が独自に考えた家庭内の電気配線が設置してある。室内の照明器具などに各自の工夫が見て取れる。教職員が使う部屋も、職員室、会議室、談話室など、どこも美しくしつらえられた、ほっとできる場所だ。
 生徒への個別の対応も充実しており、必要に応じて自由に教員の時間を予約して学習をする部屋がある。そこには文系理系それぞれ1名ずつの教員計2名が常駐している。自習をしながら順番に教員に質問をしていた。時にはグループで来ることもあるという。学習の手助けの他、移民が増えていることもあり、言葉の問題などにも対応する必要があるそうだ。人も設備も必要なものを用意し、細やかな対処ができることがうらやましかった。
 高校における特別支援の形は小学校とは少し違っていた。やはり個別のケアが必要なため、別室で少人数での時間がもたれているようだった。担当の先生は率直に現実を語って下さった。小さい頃にいじめられた経験がある生徒もいて、心が傷ついていることがあるという。それもまた一つの事実として受け止めた。

 自然学校という日本で言う「青少年自然の家」のような所にも行った。湖と森に囲まれた美しい場所だ。未来を担う子どもたちへの環境教育について話を聞いた。周辺の自然観察など、訪れる子どもの年齢に応じたプログラムが用意されている。また施設内には社会の中での水の循環について学ぶ部屋がある。特に汚水処理などは目に見える形の展示があって面白い。ひと通り話を聞いた後、静かな森の中を散策した。森のあちらこちらにあるポイントで、事前にもらった冊子の質問に答える形になっていた。両側を木々に囲まれた土の道をゆっくりと歩きながら、植物について学べるようになっている。秋のさわやかな風に吹かれながら、木々の葉や色づいた実を観察する。贅沢なひと時だった。

スウェーデンの街と暮らし

 今回はストックホルムとマルメという二つの都市を訪れた。趣のある古い町並みと近代的な建物が混在しているが、景色がとにかく美しい。ストックホルムの世界遺産の一つは何と「墓地」。森の中にある墓地は今も市民が埋葬される場所でもある。緑の芝生に色々な形の墓石が並ぶ。もうひとつの世界遺産は宮殿。スウェーデンの王室は国民にとっては身近な存在なのかも知れない。またノーベル賞でも有名なスウェーデン。ストックホルムにあるノーベル賞博物館や、晩餐会が行われるレストランにも行くことができた。
 マルメ市は歴史的にかつてデンマークの一部だったこともあり、ストックホルムとは言語も文化も異なっている。一晩はホームステイをして、少しだけ一般の家庭生活を味わった。また環境先進都市としての取り組みを案内していただいた。港に近い一角に大きな住宅地が造成されていて、町全体は最先端の技術によって動いている。太陽光発電や汚水処理など、環境に配慮した設備がある。未来の社会のあるべき姿の一例を見た気がした。

持続可能な友情の始まりを感じる

 あっという間の研修であったが、参加者の方々とは濃い時間を共に過ごし、たくさんお話をした。顔を見て交流ができるのは素敵なことだ。常に会話の中には「持続可能な」というキーワードがあった。帰国後もお互いにつながりを持ち続けられればと願い、最後には「いつか同窓会をしましょう」と言って別れた。ユネスコアジア文化センターのスタッフの木村さん、中島さん、通訳のレーナさん(日本語、英語、スウェーデン語を自在に操る!)、ストックホルムのガイド役のバントさんには本当にお世話になった。この研修の機会を与えて頂いたことに心から感謝している。子どもたちのより良き未来のために、体験したこと、感じたことを少しずつでもこれからの日々の実践の中に活かしたいと思っている。
(学校報 プラネッツ 64 2009年冬号 より)
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